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執筆者の写真江川誠一

アメフトの醍醐味

更新日:2021年2月1日

時差ボケのスーツケースで駆け付けた全勝対決。この日私は、出張先のドイツから帰国したその足で、出身大学の応援へと向かった。

1995 年 11 月 26 日。西宮スタジアムで行われた、関西学生アメリカンフットボールリーグ最終節。京都大学ギャングスターズ vs. 立命館大学パンサーズ(注1)。勝ったほうが優勝の大一番である。

母校の応援スタンドはかなり異質である。逆側は、華やかなカレッジスポーツの応援スタイルだが 、こちら側は浮かれないやつらばかりでまとまりがなく地味。学生に混じりアメフト通らしき年配者も目立つ。チャンスでポパイ・ザ・セーラーマンがかかってもあまり声が出ない。プレイ開始前は静まり返り、プレイ中は汚い低い声が飛び交い、プレイ後はあちこちで解説が始まる。唯一、まとまって盛り上がるのが、味方がタッチダウンを決め、第一応援歌「新生の息吹」がかかるとき。老いも若きも高らかに歌う。

試合はありえないほどのロースコアながらもしびれる展開が続いていた。相手の攻撃を完全に封じ込め、 7 対 3 でリードしていた。立命の司令塔であるクオーターバック ( Q B ) 東野(とうの)は当時、史上最高の学生 QB として君臨していた。その怪物をこの日の京大ディフェンスは何度もつぶした。ボールを持った東野を、QBサック(注2)に仕留めるたびに、グラウンドではタックルしたラインバッカー(LB)が仁王立ちし、スタンドは大盛り上がりとなっていた。

第 4Q 残り 1 分 20 秒 (注3)。立命自陣 5 ヤードからの攻撃が始まる。アメフトの常識では、この位置、この残り時間からの逆転は不可能に近い。しかし我が応援席は浮かれていなかった。何度ハードヒットを浴びてもケロッと立ち上がる東野を皆が恐れていた。案の定、ここから立命館のすごいドライブが始まる。

1 プレイ目、京大応援席の「つぶせ」という低い声のなか、東野のパスリリースとほぼ同時にえげつないタックルが決まる。目線は倒れていく東野からレシーバーの下川へと注がれ、 ロングパスが成功するのを目にする。そして東野は何事もなかったかのように次のプレイの 準備を始める。その後も怪物 QB のど迫力スクランブル(注4)と、わかっていても通る下川へのホットラインパスが続く。

スタンドが徐々にざわつき始め、ついには 京大自陣 2 ヤードにまで押し込まれる 。ボールをあと 1.8 m 運ばれたらタッチダウン。まさに背水の陣。皆が逆転を覚悟する。残り 3 プレイ、41 秒 。

そこからはプレイ開始のたびに、見知らぬ者同士が大きな低い声で「つぶせ」の声を重ねる。

0.5 秒のレイトヒットもありえない。投げる前につぶす。これがアメフトの醍醐味である。


注 1 : https://www.youtube.com/watch?v=VlaeL7SykUI

注 2 : パスを投げる前の QB をタックルすること。

注 3 : 1 ゲームは 12 分 × 4 Q (クオーター)で行われる。

注 4 :パスを予定していたプレイで、パスコースがふさがれた場合などに QB がパスを投げずに自らが走ること 。



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